BEFORE
湖畔の、静かなバンガローを借りた。
夜になるとさすがに寒い。
部屋着で飛び出したサンジは、シャツ1枚の姿だ。
バンガローの備え付けの毛布にくるまり、ウソップが買ってきた食糧を、みんなで食べた。
「…ちょっと物足りねェ…。」
「贅沢言わないの、ルフィ。」
「…地図も買ってきたぞ…これがスイスへの道か?」
「うん。ここが国境……あ。おれ、パスポート持ってきてねェ……。」
「何とかならァ。」
「なんのか?(汗)」
「…こんな事になるなんて…思っても見なかったもんなァ…。」
「………。」
「どした?ゾロ?」
ゾロが、地図を見て急に何かを考え込む顔つきになった。
「チョッパー、他にルートないか?」
「…無い事はないけど…かなり迂回することになるぞ。山ばっかりだから。」
「……多分…この道は昔、フランキーとロビンが抜けた道だ。」
「………。」
「迂回した方がいい。」
ゾロの言葉にナミが
「どうやって?お金も足もないのに。」
「なんとかなる。」
「また、“なんとか”…?」
「……この街は?」
ゾロが指差した場所をサンジが答える。
「マントヴァだ。」
「…この辺りなら、ここからバスかなんかねェか?」
「あるぞ。」
「一旦この街へ出る。それから…ヴェローナに入る。」
「って!戻る気!?」
驚くナミに
「逃げなきゃならねェなら、最初からイタリアなんかに来ねェ。」
「ゾロ!お前ェ、まだ余計な事しようってのか!?」
「…一緒に来いとは言ってねェ。お前らはここから、戻ればいい。」
「戻るかアホ!」
ルフィが叫ぶ。
「…向こうが、中途半端はしねェって性分なら、何が何でもケリはつけて出る。」
「どこまでバカなの…。」
「だから、帰れ。」
「……帰ろうか?ナミ?」
「帰りたかったら、あんたひとりで帰りなさいよ。ウソップ。」
「帰るかァ!!おれ1人で帰ったら、マフィアより先に親父とお袋に殺される!!」
「とにかく…。」
サンジの発言にみな黙る。
「…今夜は…休もう。」
「………。」
「そ、そうね…。」
「…うん…おれ、疲れた…。」
「あー…明日考えよう…。」
ランプを消し、しばらくして
4人が、身を寄せ合って眠るのを見届けて、ゾロは半身を起こした。
すると
「…眠れねェか…?」
サンジの声がした。
「………。」
「少し…話すか…?」
そっと起き上がり、毛布を羽織ってサンジはバンガローのテラスに出る。
どこかで、フクロウの声がした。
風はなく、湖面は静かに、月明かりに輝いている。
テラスに、木製のテーブルセットが置かれてあった。
その椅子に、2人でそれぞれ腰を下ろす。
「…ついこの前まで…こんな事になるなんて、夢にも思わなかったな…。」
「…そうだな…。」
テーブルの上に置かれたゾロの手に、サンジは手を重ねる。
「…でも…後悔はしてないぜ…。」
「………。」
笑って、ゾロはうなずいた。
「…お前の言う通りなんだ…このまま逃げても…親父はどこまでもおれ達を追い詰める…。」
「………。」
「…自分達が犯した過ちを…ファミリーに対して償いたいんじゃないかな…。なのにおれが…。」
「違う。」
「………。」
「…お前が大事なんだ…。」
「………。」
「…お前は、サンジーノの子だからな…。」
「………。」
「…自分たちの事を…過ちだとは思ってねェよ…あの男は…。」
「…なんで…そう…思う…?」
「………。」
「………。」
「………。」
「…やっぱり…お前は親父の子だ…。」
笑って、サンジは言った。
立ち上がり、ゾロの側にしゃがみ、頭を膝の上にもたれかけて
「……2人で…この景色を見たんだな……。」
「………。」
「…きっと…今のおれ達と同じ思いで…。」
と
魚が跳ねた。
サンジは立ち上がり
「見てくる。」
「…おい。」
「大丈夫。ちょっと覗いてくるだけだ。」
毛布を羽織ったまま、サンジは水辺に下りた。
ゾロの場所から、金の髪が茂みに隠れて見えなくなった。
「…食える魚かな…。」
サンジが覗き込んだ時。
「……こんばんは。」
声。
「!!」
その声は、ゾロにも聞こえた。
思わず立ち上がり、水辺へ走った。
そこに
「…ブルック…?」
しばらく、呆然と、2人とも言葉が出なかった。
「ハイ、ワタクシです。」
ブルックだ。
確かにブルックだ。
だが今は、神父の礼服は着ていない。
黒ずくめのスーツ。
「……どうして……お前が…ここに……。」
サンジの問いに
「ヨホホホ…さァ…どうしてでしょう?」
「ふざけんな…ここが…わかるはず…。」
ゾロが言った。
例え、ココロが誰かに話したとしても、ブルックとココロが知り合いで、話を聞いたとしても、いくらなんでも早過ぎる。
何よりあのココロが、他言したとは思えない。
「……仲間というものはスバラシイ…よく、ここまで逃げてこられました。
感服いたします。ぱちぱち…。」
「…てめェ…なんで…?」
「………。」
ブルックは答えない。
ゾロは、間合いを詰めた。
しかし、サンジの方へ行きたいができない。
ブルックの全身から、それをさせない何かが出ている。
「…美しい湖です…ワタシはここが大好きです…ゾロシアとサンジーノ様も…
この東にある湖畔の別荘で……逢瀬を重ねておられました……。」
「………!!」
「………。」
サンジの肩から、毛布が滑り落ちる。
「…ブルック…。」
「ハイ。」
「おれの質問に答えろ。……何でここがわかった…?
こんな夜中に…しかもこんなにピンポイントに、おれ達の居場所が何故!?」
と、ゾロが目を見開いた。
そして、あれからずっと、手から放さず持っていた和道一文字に目を落とす。
「……これか!?」
「ハイ。」
楽しそうに、ブルックは笑う。
「その刀にちょこっと細工をしました。俗にいう発信機です。それを、柄の中に埋め込んであります。」
「!!」
「まったく!便利な世の中になったものですねェ!!
携帯電話さえあれば、世界中、どこでも相手の居場所を掴むことができるのですから!!」
「……っ!!」
「…なんで…?」
呆然と、サンジがつぶやく。
「……なんで…お前が!!?」
「………。」
ホーホー、と、フクロウが鳴いている。
「…何故…?そんな愚問を…改めてする必要があるのですか?」
「………。」
「…その答えは…あなた自身がよくご存知のはずだ…。」
「……ブルック……。」
ブルックの目に、激しい怒りが漂う。
「………。」
ブルックは、ゾロを見て
「…忌々しいほどに…あなたはゾロシアそっくりだ…。そしてサンジさん、あなたも。」
「………。」
「…思い出します…20年以上も昔…まだお若いサンジーノ様が…
教会においでになり、ワタクシにこう仰いました…。“ブルック、隠れ家が欲しい”と。」
「………。」
「…理由を尋ねましたところ…サンジーノ様ははにかまれて…
ああ、これは、好きな方ができたのだとすぐにわかりました。
……あの隠れ家に、初めて連れてこられたのが、男性であった時は…
ヨホホ…驚いて心臓が止まるかと思いましたが…。」
「………。」
「…教会で…禁忌が行われるのは心が痛みましたが…大事なサンジーノ様が…
それで心安らかに過ごせるのだと思えば…許すことができました…
大人になれば、ご自分の立場を理解される…若さに走る今だけのことだと…。
ですが…ある日…知ってしまったのです…相手のその男が……ロロノアの息子であることを。」
風が、吹き始めた。
「サンジーノ様も、それをご存じなかった…。
ゾロシアも…サンジーノ様がバラティエの息子だという事を知らなかった…
…ええ…その時に…心を止めていればよかったのです…
…いいえ、どれほど憎まれても…例え殺されても…その時止めるべきだった!!
ええ!殺してでも!止めなくてはいけない恋だった!!」
「………。」
「………。」
「…愛してはいけない相手と…知ってしまったことが、逆に心を燃え上がらせてしまった!!
立ち止まりも振り返りもせず、ただただ己の心のままに走り初め、諌めにも耳を貸さず……!!」
助けてくれていたのだと思っていた。
2人の恋を
まさか
そうでなかったというのか?
「…せめて…せめて、ドンがお亡くなりになられ…もう、自分たちの恋にのみ生きる事などできないのだと…
しっかりと悟ってくださったのなら…ワタクシも遠くから…サンジーノ様を見守っていました…
全てのことを…納得し…受け入れて…あなた方が生まれ…これでようやく…
サンジーノ様はドン・ゼフーノの遺志を注がれ、立派なドンになってくれるものと思っておりました…。
…なのに…それなのに…ある日…サンジーノ様はワタシの元へやってきて仰った!」
「………。」
「………。」
ブルックはゾロを見て
「…ワタクシの教会に…小さなあなたを連れてやってきたサンジーノ様は…
あなたとサンジさんを会わせてやりたいと仰いました。」
「………!!」
「…何…?」
「……その言葉の裏に…ゾロシアに逢いたいという思いが見え見えでした。…情けない…。」
「………。」
「………。」
「…サンジーノ様は…フランコにもロビータにも連絡を取らず…
直接ゾロシアと連絡を取り…日を決めて…教会で、あなたたちを会わせたのです。」
ゾロとサンジは、思わず互いを見た。
「…覚えています…たった1日でした…小さなあなた達はすぐに打ち解けて…
じゃれあう姿は仔犬のようで……可愛かったァ…。」
「………。」
「………。」
逢っていた?
フランキーがロビンと逃げる時まで、会ったことが無いと思っていたのに。
「…サンジーノ様は…本当に心根の優しいお方でした…あんな形で生まれたとはいえ…
サンジさん…あなたは紛れも無く己の子…会いたかったのでしょう…。」
「………。」
「…聖堂の中で…1日中…親子4人で過ごされて…本当に…幸せそうでした…。
そうそう!…思い出しましたよ!ゾロさん!」
ゾロは、素っ頓狂ともいえるブルックの声に少し驚いた顔をした。
「…あなたが教会の十字架の壇に登ってしまって!!まだ1歳そこそこの足で、どうやって登ったのか!!
……ゾロシアが…笑いながらあなたを抱いて降りて……
あなた、ゾロシアの胸に抱き着いて、ワンワン泣いておられましたねェ…
いやぁ懐かしい…うんうん…そんなこともありました…。」
「………。」
泣くな、男だろ
ゾロは強いな
あれは
サンジーノではなく
ゾロシア?
「…ええ…後にも先にも…それが最後…あれこそが、最後の逢瀬でありました。
……いえ……そうしなければいけないと……。」
ホー
ホー
ホー
「……ワタシは思ったのです。」
(2009/5/22)
NEXT
BEFORE
Bello Rosso TOP
NOVELS-TOP
TOP