BEFORE
ブルックは、大戦中ナチスの党員だった。
ヒトラーの自殺をパリで知り、逃亡を図ろうとしたが失敗し、フランス国内で捕らえられた。
そのまま、裁判にかけられるべき所を再び逃亡。イタリアへ逃れた。
救ったのがゼフーノだった。
ゼフーノは、ブルックをサンジーノの傅役にした。
尊敬し、絶対的な忠誠を誓ったゼフーノの息子。
優しく、美しく、気高く、まるで天使のようだった。
だが、ブルックのソルジャーが犯した失態と罪を償うため、ブルックはバラティエを去った。
去らなければならなかった。
ゼフーノは惜しみ、サンジーノも、苦渋の選択に泣いてくれた。
守りたかった
守りたかったのに
あなた方は
ワタシの手の届かない場所へ行ってしまった……。
「……こんな夜中にいきなり何の用事だぃ?ゾロシアぁ…?」
ミラノ郊外。
コミッションの5大ボスの1人、ボルサリーノ『黄猿』の屋敷。
その寝室に、いきなり現れたゾロシア。
階下での騒ぎは収まりかけていた。
火の爆ぜる音がする。
怒号と、悲鳴がずっと響いている。
ゾロシアの足元に、男の死体が3つ。
まだ、ベッドに座ったままの黄猿の脇に、赤い髪の女の、裸の死体がひとつ。
ゾロシアの手に、血塗れの和刀。
「…てめェ…これがまかり通ると思ってんの?」
「………。」
「…これは大問題だよォ…?」
「…大問題だろうが…なんだろうが…おれは、ヴェローナをてめェに渡すつもりはねェ。」
「……おれを斬るかい…?おれを斬ったら…他の連中が黙っちゃいねェぜェ?いいのかい?」
「……向ってくる敵なら…全部斬るだけだ。」
「…ゾロシアァ…。」
「………。」
ぴちゃん…
血溜まりを歩く足音。
黄猿は、動きを見せなかったが
瞬時に
「死ぬのはお前ェさんだよォ!!」
枕の下から銃を取り、ゾロシアに向けた。
同時に、後ろのドアから男が5人なだれ込み、一斉に機関銃の銃口を向けた。
一瞬の喧騒が止んだ時
ゾロシアの後ろには、ギンのトンファーの下に沈んだ男たち。
ベッドの上に、胴体を切断された男の死体。
刀身についた血を払い、ゾロシアはゆっくりと、汚れた部屋を出て行った。
『…次のニュースです。本日、検察庁は、元法務大臣リッジョ議員に対する贈賄の容疑で、
ミラノの大手金融会社、ボルサリーノ・ファイナンスカンパニュラの家宅捜索を行いました。
ボルサリーノ・ファイナンスカンパニュラ社は、1973年のオイルショック時に……。』
テレビから、ブルネットの美人アナウンサーの声。
「……おれ、イタリア語よくわかんねぇけど。これって、ゾロのとーちゃんがやったことだよな?」
「ウソップ、ゾロのとーちゃんはフランキーよ。」
「あ。訂正、サンジのとーちゃん。」
ヴェローナ市内、ブルックの教会。
結局、ここに戻ってきた。
理由がある。
「お。チョッパー。」
隠し部屋に、チョッパーが上がってきた。
「具合、どうだ?」
ウソップが尋ねた。
「うん、大丈夫。意識もはっきりしてる。きれいに急所を外れてたからね。傷が塞がれば元通りだよ。」
「ルフィは?まだブルックの側?」
「うん。……下にゾロシアが来てるから……いてやるって。」
ゾロシアは、ブルックに止めを刺さなかった。
黄猿に寝返り、サンジーノを殺したのだ。
憎しみは深いであろうに。
ゾロとサンジが、初めて会ったという幼い日。
教会の聖堂ではしゃぎ回ってじゃれあう2人を、優しく見つめていたゾロシアとサンジーノに
『ヨホホ…お茶を淹れて参ります。どうぞごゆっくりお話しください。』
『ありがとう、ブルック。』
サンジーノは笑って見送り、ブルックの足音が聞こえなくなった時、ゾロシアに言った。
『……もう、こういう逢い方は止めよう。』
『………。』
『…コイツラをダシにするなんて…てめェらしくない。』
ゾロシアは眉を寄せた。
『…何を言ってる…?』
『…え?』
『……こいつらを…逢わせてやりたいと言ったのはお前じゃねェのか?』
『…おれが…?』
あの時の、一瞬のサンジーノの顔。
『…ああ…そうだ…うん。……なんでもねェ……。』
『………。』
『あ。』
サンジーノが、声を挙げた。
ゾロシアが視線の先を見ると、ゾロが、祭壇の柱を伝って十字架の台座まで登ってしまっていた。
床から5メートルはある。
動けなくなって、泣きそうな情けない顔でこちらを見ている。
床の上で、まだ歩けないサンジが、キョトンとしてゾロを見上げていた。
『…ゾロ。』
『ははっ…!よく登ったな!あいつ!』
ゾロシアが、長椅子から立ち上がり、軽い身のこなしで台座に上がる。
『ゾロ。』
差し伸べられた手。
ゾロは少し、気後れしたように身をすくめた。
『何してんだ?…ははは…降りられなくなったのか?
てめェ1人でそこまで昇ったのか?……へェ、すげェなお前!……ほら来い。』
おずおずと、ゾロは本当の父親の手にすがった。
『お、けっこう重ェな?…コラ泣くな。男だろ?……もう、怖くねェぞ。…ゾロは強ェ。』
髪を撫でられ、ゾロはようやく笑った。
『………。』
サンジーノは、ゾロシアに抱かれたゾロの髪を撫でた。
足元で、サンジが自分も抱っことねだるように、ゾロシアに絡み着く。
よその子に、父親を取られたとヤキモチを妬いたようだ。
右腕にゾロ、左腕にサンジ。
2人を抱いて、ゾロシアはかつてサンジーノとの語らいに使った部屋へあがる。
窓から、ヴェローナの街を眺め、ゾロシアは2人に言った。
『……お前たちの街だ。』
『………。』
穏やかに、サンジーノは笑った。
あの時ほど、この街が美しいと、サンジーノが愛しいと思った事はない。
だから
気づいてやれなかった。
気づいていたら…
あの時、サンジーノは初めてブルックに疑惑を抱いた。
自分たちの恋を、止める素振りを見せながら、何故、わざわざそれを煽る?
サンジーノの死の報せを聞いた時、ゾロシアの脳裏に真っ先に浮かんだのはブルックだった。
サンジーノが、無抵抗で、自分から歩み寄って殺される相手など、ゾロシア以外にはヤツしかいない。
しかも場所が『ジュリエットの家』
だが、ゾロシアはずっと沈黙を守った。
叫ぼうと、怒ろうと、サンジーノが生き返るわけではない。
あの瞬間の、サンジーノの表情。
そしてその後、サンジーノはブルックに対する疑惑に沈黙を通した。
それがサンジーノの意志だった。
狂いかけた怒りと悲しみの中で、ゾロシアは、残された自身の成すべきことに生きることを決めた。
「…いっそ…死なせて下さった方がよかった…。」
粗末な神父の部屋。
ベッドに横たわり、ぼんやりと天井のシミを見上げながらこぼれた
ブルックのつぶやきに、傍らに腰かけていたルフィが言う。
「……バカ言え。」
「…生きてる方が、死ぬより何倍も面白ェ。」
「…罪を責められるだけの、残りの人生ですよ…。」
「それでも、生きてる方のが勝ちだ。」
「…ヨホホ…あなたはおかしな人だ…。」
「おう!よく言われる!」
聖堂。
祭壇前の長椅子に、少し浅く、背中を預けきって座るゾロシアの目は、ずっと閉ざされていて見えない。
今日まで、自分を守り、育ててくれた男へ、サンジは言う。
「…父さん…。」
「………。」
「…おれ、コルシカへ行く。」
「………。」
「…ゾロと…フランキーとロビンと…ルフィ達と…葡萄を育てて…。」
「………。」
「…生きてゆきたい…。」
ゾロシアは答えない。
身じろぎもせず、ただじっと目を閉じていた。
と
「サンジ。」
ゾロ。
「行こう。」
「…ゾロ…。」
「許しを請うつもりはねェ。」
サンジの腕を引き、ゾロは背を向ける。
サンジは一度、父親を振り返ったが
「………。」
「………。」
ゾロシアは振り返らず、交わされる言葉はなかった。
「………。」
息子たちの足音が遠のき、それでもゾロシアはずっとそこに座っていた。
しばらくすると、聖堂の扉が細く開き、ギンが入ってきた。
ゆっくりと、ゾロシアの側に歩み寄り
「ドン。」
「………。」
「よろしいんで…?」
「………。」
「………。」
「………。」
「………ドン。」
「……ギン。」
重い声で名を呼ばれ、ギンは息を飲み背筋を伸ばした。
「……少し黙ってろ。」
「………。」
言って、ゾロシアは胸ポケットから葉巻を出した。
ギンは、即座に膝をつき、ライターに火をつける。
「………!!」
ギンは、見上げて一瞬ぎょっと目を見開いた。
ゾロシアは、大きく煙を吐きだすと
「……おれは今。」
「………。」
「実に気分がいい。」
ゾロシアが笑うのを、ギンは初めて見た。
夜半
隠し部屋で、あのベッドに肩を並べて座り、ゾロとサンジはヴェローナの夜景を眺めていた。
綺麗だ
と、ゾロは単純にそう思う。
「ゾロ…。」
「…なんだ?」
「……親父を…許してやってくれ……。」
「………。」
「ゾロシアは…誰より“ドン”なだけだ…。」
ちら、と、ゾロはベッドの脇に置いた和道一文字を見た。
ゾロが手にしたそれを、「返せ」とゾロシアは言わなかった。
今では、すっかり手に馴染んでしまった刀を、側から離すことができない。
「……許すとか許さねェとか…そんなモンじゃねェんだ。」
「………。」
「………。」
「……じゃあ…何故……?」
ゾロは、少し俯き、刀に触れて
「……自分が…確かにあの男の血を受け継いで生まれてきたんだと……認めざるをえねェ……。」
「………。」
「サンジ。」
ゾロは、労わるような目でサンジを見つめ
「悪かった。」
「…何を…何を謝る…?」
「…お前1人…ずっと苦しんできたんじゃねェか…?」
「ゾロ。」
サンジは少し怒った顔をした。
「…今のおれを見て、不幸だったなんて思うか?」
「いや…。」
「そうだろ?……親父と…ジョニーとヨサクとギンと…みんなと…
おれはちっとも不幸じゃなかったぜ?前にも言っただろ?」
「………。」
「…逆におれは…いなくなってしまったお前のことを…悲しく思ってた…。」
「………。」
「ブルックに…よく聞かされてたからな…親父たちの話とお前と…フランキーとロビンの事は…
ま…それも…ブルックにしてみれば…長い時間をかけた策だったんだろうけど…。」
「……あいつ…なんでブルックを殺さなかった?」
「“あいつ”なんて言うなよ。」
「………。」
ゾロの頬が少し染まった。
照れくさいか
そりゃな
「……それでも、ブルックがいたからサンジーノと…って…
そんな思いもあったんじゃねェかな…それに殺すには…あまりに哀れすぎる……。」
「………。」
「…殺してしまったら…騙されていた自分も…悲しいからな…。」
「………。」
「…サンジーノは…信じて死んでいったんだ…だから…。」
肩を引き寄せられ、サンジはゾロの胸の中に抱え込まれた。
信じていたのは
サンジも同じだ
「……明日……島へ帰ろう。」
「………うん。」
見つめあい、顔を寄せ合い、唇を重ねる。
小さな灯りに映えるサンジの顔が、とても綺麗で、キスは葡萄の果実の様に甘かった。
「……ゾロ……。」
「………。」
「………抱いて……。」
抱きしめる手に力をこめて、だがゾロは首を振った。
「…今はいい…。」
だが、サンジは、ゾロの頬に両手の指を当て、真っ直ぐに琥珀色の瞳を見つめて
「……抱いてくれ…今…ここで……。」
「………。」
「……今夜が最後だ…ここで…抱かれたい……。」
「………。」
また、傷付けてしまいそうな気がする。
その恐れ。
だが、体中を駆け巡る熱は――――。
『…サンジーノ…もう…やめよう…これ以上は…もう…。』
『…嫌だ…そんなの嫌だ…おれがバラティエで、お前がロロノアだからなんだってんだ…!?
…なァ…好きだ…大好きだ…愛してる…なのにダメなのか…?そんなの誰が決めた…?
敵同士だと、好きになっちゃいけねェのか!?なァ!!?』
いっそその名を お捨てになって
そんな嘆きはしたくない。
「愛してるよ…ゾロ…。」
「…おれもだ…愛してる…一生お前だけだ。」
再び誓いは交わされる。
満たされた心は穏やかで、ゾロの手は優しかった。
静かに、穏やかに、優しいキスと愛撫の中で、熱はゆっくりと高まり、息は甘く乱れる。
「…挿れねェから…。」
荒い息で囁くゾロの言葉に
「…かまわねェ…来い…。」
「………。」
首筋に埋められた髪が、左右に振られる。
その頭を抱きしめて、サンジは囁く。
「……来てくれ……。」
「………。」
「…初めてン時の…あの勢いはどこ行った?」
笑って言うサンジに、ゾロは口惜しげな顔をした。
「好きだ…だから…愛して欲しい…。」
ゆっくりと、優しく、サンジを溶かして、ゾロは静かに身を進める。
一瞬の耐える声に、びくりと大きくゾロが震えたが、サンジの腕が首に絡みついてすがり、放そうとしなかった。
抱きしめて、見たサンジの表情は、痛みではなく悦びに溢れていた。
「……サンジ……。」
熱く自分を呼ぶ声に、サンジは大きくうなずく。
「ゾロ…。」
「………。」
「……愛してるよ……。」
今宵を限りの逢瀬ではない。
明日も
明後日も
その次の日も
ずっと
「…一緒に生きていこうな…。」
「………。」
サンジは青い目を潤ませて、大きくうなずいた。
(2009/5/29)
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