BEFORE




翌日、ゾロとサンジと、ルフィ、ナミ、ウソップは、

ヴェローナからミラノに向う鉄道の駅にいた。

ミラノから、鉄道を乗りついで地中海に出、船で島へ帰る。

けっこう長旅だ。



と、駅の改札の向こうから



 「おい!おれを置いていく気かァ!?」

 「あ、チョッパー。」

 「何?あんた、ドクトリーヌの弟子になりたいって、本気だったの!?」

 「本気に決まってるだろ!?なんで勝手に帰るんだ!?たまたまブルックのトコに薬届けに行ったら、

 『ヨホホホ!皆さん、元気に発たれましたよ!』なんて言われてさァ!!冷たいぞォ!!」

 「ホラ、見ろォ!!だから、チョッパーにちゃんと、“今日行くぞ”って言おうって言ったじゃねェかァ!!」



ルフィが、ほっぺたを膨らませて言った。



 「あ〜〜〜悪ィ悪ィ。いやぁ〜〜〜〜、まさかホンキだったとは。」

 「ホンキだ――ッ!!」

 「…ブルックはもういいのか?」



サンジの問いに



 「うん。置いてきた薬、ちゃんと飲みきれば大丈夫!さぁ!行くぞォ!コルシカー!!」

 「お――!!」



ルフィとウソップが腕をつき上げた時、列車がホームに入ってきた。



サンジが、ゾロを見つめる。

笑って、ゾロはうなずいた。



 「………。」



ドアが開き、真っ先にルフィとウソップとチョッパーが、先を争って飛び乗った。

ナミが乗り、ゾロがサンジを促した時、発車のベルが鳴った。



 「お、急げ。」

 「………。」





その瞬間





 「え!?」

 「な!?」

 「ああ!?」

 「嘘!!」

 「サンジ!?」



驚き、ゾロはつんのめった体を必死に起こして振り返った。

その時、ドアが閉まった。



閉じたドアの向こうに、サンジの笑顔。



 「サンジ!!」

 「サンジくん!!」

 「おい、サンジ!どういうこった!?」

 「サンジ!?なんで!?」



ガタン、と音を立てて、列車が動きはじめた。

ホームに立つサンジが、小さく手を振る。

目に、涙が少し滲んでいた。



 「サンジ!!」

 「………。」



 「おい、サンジ!!」



ウソップ



 「サンジ!?何で!?」



チョッパー



 「サンジくん!…ねェ、停めて!電車停めてよォ!!」



ナミ



 「サンジィィ!!バカヤロウ!!」



ルフィ



 「……サンジ…!」



目を見開き、この状況が信じられないゾロ。



突き飛ばされた。

その瞬間、サンジは確かに一歩下がった。



 「サンジ―――――――!!」



ガラスを叩き、叫ぶゾロと、慌てふためく彼らを、いぶかしげな顔をしながら乗客が見ている。

その時、ナミの携帯が震えた。



 「…サンジくん!!」

 「!!」



ナミの携帯を、ゾロはひったくった。



 「サンジ!!」



 『…チャオ、ゾロ。』



 「何が“チャオ”だ!!ふざけんなてめェ!!一体何の真似だァ!?」



 『………。』



 「…行くって言っただろ!?おれと行く、フランキーとロビンとおれと!!

 一緒に新しいワインを造るって言っただろ!?ありゃ嘘か!?」



 『………。』



 「サンジ!!」



 『………。』



 「……全部嘘か!?何もかも嘘か!?」



 『………嘘じゃない。』



 「じゃあ!なんだ!?このザマは!?」



ゾロの問いに、サンジは穏やかな声で答える。



 『おれは、ロロノアのドンになるよ。』



 「………!!?」



 『…決めたんだ。おれは、親父の跡を継ぐ。』



 「…ふざけんな…!!」



 『………。』



 「ふざけんな、てめェ!!」



 『…落ち着け…ゾロ…。』



 「落ち着けるかァ!!」



 『…ゾロ、おれはやっぱり、この街が好きだ。』



 「………!!」



 『…親父とサンジーノは…なんで恋を捨てた?』



 「………。」



 『…愛してたからだ…ヴェローナを…自分達が育ち…守ってきた街を…。』





ゾロは、受話器を持ったままじっと黙っていた。

不安げな仲間の目が、ゾロをじっと見つめている。



 『…おれも愛してる…この街を…。そして…ブルックや…ココロさんのような人の力になりたい。』



 「………。」



 『…今度のことで…心底…ジジィ達と親父達の偉大さを知った…。

 及ばなくても、おれは、親父たちと同じ事をしたい。おれは、ドンになる。ロロノアファミリーのボスに。』



 「…サンジ…。」



ルフィが辛抱たまらんという様子で、ゾロに詰めよる。



 「ゾロ!!?サンジ、なんだって!?どうしたんだよ!?なァ!!」

 「ルフィ!静かに!」



 『…ルフィ達にごめんって言ってくれ。』



 「…ふざけんな…。」



 『………。』



 「最後の夜ってのは…そういう意味だったのか…?」



 『………。』



 「てめェにとって…おれはそれだけの存在だったか…!?」



しばらく沈黙があった。



 『…なァゾロ。お前、誕生日11月11日だろ?』



 「は?」









誕生日?



なにをいきなり?







 「それがどうした!?誤魔化すな!!」



 『おれが、コルシカに行ったのは偶然じゃねェって言ったの、覚えてるか?』



突然。



だが、確かに。



サンジはそう言った。



 「…ああ…。」



 『…ベラ・ロッソ・アレアティコ…。』



フランキーの造ったワイン。



 『…ゾロ…親父は…毎年11月11日の晩、ひとりでベラ・ロッソを飲んでいた。』



 「!!」



 『4年位前からだ…毎年、必ずその日に…誰も部屋に入るなと言って、

 1人で…ゆっくり…その1本を飲み干していた。』



 「………。」



 『おれの言ってる意味、わかるな?』



ゾロは、ドアのガラスに顔を覆った腕を押し付け、何かを堪える様に歯噛みした。



 『…親父は知ってたんだ。お前が、フランキーとロビンと、

 コルシカ島でワインを造って、無事に、健康に、幸せに暮らしてるってことを。』



 「……!!」



 『……ロロノアの情報網を舐めるなよ?』



サンジが小さく笑った。



 『…空いたボトルを見て…ワインの名と、蒸留所を知った。

 住所と名前がモンキー家のシャトーになってたから、おれはルフィの家に行ったんだ。

 そしたら、造っているのは他のヤツだ。本人が、名を出すのを恥ずかしがってしないから、

 名前を貸してるって、ガープが教えてくれた。だから、その家に行きたい。造っている人に会いたい。

 そして逢いに行って、お前に逢った。……マジでビビった……

 親父が若返って、そこに立ってると思ったよ。』



 「………。」



 『ロビンがロビータで…フランキーがフランコで…それもすぐにわかった…。』



 「…サンジ…。」



 『瞬間、腹が立った…嫉妬もした…。親父は…。』



 「サンジ…!」



サンジは小さく笑った。



 『……お前を忘れてはいなかった……。』



 「……っ!!」



 『…なァ、ゾロ…おれ達は…ゾロシアとサンジーノの子供だ…。

 親父は…おれと同じ様にお前のことも愛してる…。間違いねェ…。』



 「……よせ……!」



 『…親父は…お前をフランキーとロビンに託したんだ…。

 あの時、あの状況で…お前をファミリーに迎えたら…その後何が起こるか…想像できる…。

 親父は…おれを守る為に……。』



 「よせ!サンジ!!」



 『…ゾロシアが守ってくれなかったら、おれは生き残れなかった…そうだろ?

 お前がゾロシアの子なんだ…おれは…ロロノアに必要は無ェ…

 お前とおれと…2人を一緒に育てるなんて…ゾロシアが望んでも、周りが許しゃしねェ…

 ゾロシアはお前を切り捨てて、おれを守ろうとしてくれた。

 だが、苦しかったはずだ…!!身を斬られる思いで、ゾロシアはお前を切り捨てた。おれの為に!!』



 「………サンジ!」



 『フランキーとロビンを信じて…お前の生命力を信じて…!!』





“ ゾロは強ェ ”





遠い声が、耳の奥で甦る。



サンジを抱いて後ろを向いた、冷たく、だが大きな背中。



『撃て』という言葉にこめた、『生き延びろ』という願い。



コルシカから遠く離れたあの屋敷で、ひとりで、ゾロがまたひとつ、

無事に歳を経た事をフランキーのワインで祝ってくれていた。



命を懸けて愛した相手との間にもうけた、もうひとりの子供へ



ゾロシアは



奥深い心の底でいつも、ゾロへ叫んでいた。



生きろ! 生きろ! 生きろ! 生きろ!!



生きていてくれれば、それだけでいい!!









 『ゾロシアは…おれ達の親父は…全ての想いを封じ込めて…それでもボスであろうとした…

 その理由が、今ならお前にもわかるだろう?』



ゾロは、目を閉じ大きく天を仰ぎうなずいた。

うなずく姿を、サンジが見る事はできないが。



 『…おれもヴェローナを愛してる…親父も…ギンもヨサクもジョニーも…

 おれはおれのファミリーのみんなを愛してる…。』



 「…サンジ…!」



 『離れたくねェ…!!』



 「サンジ!!」



 『お前だってそうだろ!?ゾロ!!…お前だって…捨てられねェだろう!?

 ロビンを、フランキーを、ルフィを、ナミさんを、ウソップを!!』



 「サンジ!!!」



 『お前と生きたい…一緒に暮らして…同じ時を共有できたら…どんなに幸せか…今だってそう思う…。

 …その列車に、今からだって追いかけて飛び乗りてェ…!!』



 「………。」



 『…秤になんか…かけられねェよ…。』



 「………。」



電話の向こうで、サンジが泣き崩れているのがわかる。

ゾロは、苦しい表情で、閉じていた目を開き



 「サンジ。」



 『………。』



 「愛してる。」



 『…愛してる…おれも…。』



 「………。」



 『…体中の血が…お前の血を欲して…熱くてたまらねェ…。』



 「サンジ。」



 『………。』



 「会いに行く。」



 『………。』



 「また、お前に逢いに行く。その街へ。」



 『………。』



 「……お前がドンになろうがなんだろうが…お前がお前であることに何の変わりがある?」



 『……ゾロ……。』



 「だから。」



穏やかな、優しい声だった。



 「お前も、おれに会いたくなったら、いつでもコルシカへ来い。」



 『………。』



 「…サンジ?」



 『………いいのか?』



 「当たり前だ。」



 『………。』



 「お前が残りたいのなら、そうすればいい。だがな、だから別れるなんて話は聞かねェぞ!」



 『……ゾロ…おれは……。』



 「マフィアのボスと農家のセガレじゃ釣り合わねェか?上等じゃねェか。」



 『……お前も…命の危険に晒されるかも知れねェんだぞ…!?』



 「だから、上等だって言ってんだろ?今更そんなもん怖ェことあるかよ。」



 『……ゾロ……。』



 「おれを誰だと思ってる?」



 『………。』



 「ドン・ゾロシアの息子だぜ?」



青い目から涙が溢れて零れ落ちる。

サンジは明るい声で



 『…ルフィ、聞こえるか?』



ガマン限界のルフィは、ゾロから携帯を引ったくり



 「おう!なんだ!?」



 『……ガープの旦那に聞いてくれるか?』



 「何を?」



 『…来年も…おれをヴァンダンジュに雇ってくれますか?…ってよ。』



 「当たり前だ!!何言ってんだ!バカサンジ!!」



 『………。』



 「じいちゃんが雇わなくたって、おれが雇う!!」



 『………。』



 「もしもし!サンジくん!?」



 『ナミさん…。』



 「来年は、ウチの賄いもお願いね!!だって、向こうを出る時、

 母さんとノジコに散々言い聞かされて来たのよ?“来年は絶対ウチも!”って!」



 『……はは……。』



 「おい!サンジィ!!」



 『ウソップ…。』



 「お前なァ、こんだけおれ達怖いメにあって、そんでお前残してきたら、

 おれ、絶っっっ対!!親父とお袋にボコにされるぞ!!責任取れ!!」



 『……わかった。必ず、謝りに行くよ。』



ルフィが叫ぶ。



 「必ずじゃねェ!!絶対だ!!」



 『わかった!絶対!!』



 「それまで、がんばれよ!!サンジ!!」



 「ゾロはあたし達が、しっっっっかり!見張ってるから!!」



 「何を見張るんだよ!?」



 「あんたが浮気しない様によ!」



 「誰にすんだァ!?」



 「え!?あたし!?きゃ〜〜〜いやぁぁぁんvvvv」



 「何だとォ!?許さねぇぞゾロォ!!」



 「なんでだよ!!?」



 「サンジィ!単身赴任頑張れェ!!」



 『単身赴任って……(笑)』



 「おい!おれにもしゃべらせろォ!!サンジー!!」



 『チョッパー……元気でな!!頑張れよ!!』



 「ゾロシアに、酒と煙草は程々にしろって、しつっっこく言っといてくれ!!

 おれ、もう検診できないんだから、ちゃんと他の医者の紹介状、渡したんだから!長生きしろよって言ってくれ!!」



 『ははは…言っても無駄な気がするけどな?わかった!!』



と、電話の向こうで、ゾロが何かを怒鳴りながら、携帯をひったくる様子が伺えた。

そして



 「…長生きしてくれなきゃ困んだよ!……てめェがドンになっちまったら、会えなくなっちまいそうだ。」



 『そんな事ねェ。』



 「……3人で…あの家で…待ってるからな。」



 『……うん。おれも…あの街で…親父と待ってる。』



 「…てめェだけでいい。」



明るくサンジは笑い、電話は切れた。





列車は、西へとひた走る。

 









(2009/5/29)



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