BEFORE




サニー号が港に入ると、島の兵士らが桟橋から船を取り囲み、先導されて、その島の造船所のドックに入るよう命じられた。

造船所といっても、ウォーターセブンのそれに比べたら、雲泥の差といえる規模。

それでもフランキーは、どこか嬉しそうにキョロキョロとしている。



舵と、錨と大砲を鎖で戒め、錠をかけた。

許可なく出港することはできない



麦わらの一味は、領主の館に案内された。

そして



 「…ご無礼ながら、お腰のものにこれを。」



見上げるほど高い天井のホールに入った時、使用人が3枚の封款をゾロに示した。

『抜かない』という約定だ。



取り上げられるよりマシだろう。

彼らにとってはかなりの譲歩、ゾロは黙って従った。



ここへ来るまでの道すがら、そしてここへやってきてからも島人の視線は、

3億ベリーの賞金首よりも、身長2メートル越えのアフロよりも、動くぬいぐるみよりも、

奇妙な鼻男よりも、海パン一丁の変態よりも、絶世の美女2人よりも、金髪のコックに集中していた。



驚いてはっと息を飲み、隣に誰かがいれば互いに声を潜めて言葉を交わす。

ホールに居並ぶ可愛いメイド達も、彼女らの主に瓜二つの青年に驚いてざわめいた。



 「………。」



サンジは気づいている。

島民の驚きはわかる。

だが、その驚き方が奇妙だ。

似ているというだけで、なぜ?と問いたくなるくらいに、驚き方が尋常ではないのだ。



先に戻っていたのだろう。

靴音を響かせて、館の女主人が姿を見せた。

軍服を脱ぎ捨てた、普通の女性らしいドレス姿だ。

華やかな飾りは無く、いたってシンプルな黒いドレスだが、かえってそのシンプルさが彼女の美麗を際立たせている。

豊満な体ではない。

決して豊かとはいえない胸。

だが、腰がとんでもなく細い。

その為に、薄い胸も豊かに見える。

手脚はすらりと長く、首も細くて長い。

年齢はおそらくサンジより上。ロビンと同じくらいかもしれない。



美人だな。



みな単純にそう思う。



隣に立つ男と同じ顔だけど。



 「…食堂を整えさせた。まずは食事を。」

 「うひょー!!メシ食わせてくれんのか!?」

 「…美味いメシと冒険が望みなのだろう?」

 「わかってんなぁ〜〜〜!!ありがとう!!ブリちゃん!!」

 「だから、ブリちゃんは止せェ!」



ウソップがツッコム。

わずかに、ブリュンヒルドの唇の端が上がった。



案内された食堂は、サニー号の中央甲板2つほどの広さがあった。

長いテーブルの上で銀の食器が光っている。

盛られた色とりどりのフルーツ。鮮やかな色の菓子。



 「まぁ、綺麗な花…。」



テーブルの上の花々に、ロビンが微笑んだ。



 「庭の花だ。」



ブリュンヒルドが答えた。



 「後で、お庭を見せていただいてもいいかしら?」

 「…好きにするといい。…屋敷の内なら、どこを歩いてもかまわん。」

 「ありがとう。」

 「なぁ!桜…桜は咲いてるか!?」



チョッパーが尋ねた。



 「東の中庭で咲いている。」

 「うわぁあ…。」



嬉しそうに目を輝かせるチョッパーに、今度は明らかに微笑んだ。



 「屋敷の中ならどこを歩いてもいいのね?」



ナミが問う。

すると



 「……美術品が無くなっていたら、お前が犯人だな?」

 「あららら、言われちゃった。…ごめんなさい、冗談よ!ホントに!」

 「………。」



今度は、白い歯を見せた。

笑うと、本当によく似ている。



その笑顔を、そう思いながらじっとゾロは見つめていた。



だから、ブリュンヒルドの目がサンジに移ったのがわかった。



その時



 「…なぁ…あんたは…この島の生まれ…だよな?」

 「………。」



ウソップの問いに、彼女の眼はウソップに移る。



 「…北の海…なんてことは…。」

 「…この島の領主として、我が家は19代続いている。

 気になるのなら、直に聞けばよい。私に、生き別れの弟はおらぬ。」

 「!!」



サンジが息を飲んだ。

ウソップが「しまった!」と言う顔をして肩をすくめた。

その頭を、右隣のフランキーがゴツっと叩く。



 「ご、ごめん…なさい。」

 「…バカっ!」



左隣のナミにも叩かれた。



並んだメイド達も、複雑な顔をしている。

が、ブリュンヒルドがグラスを取り、注がれたシャンパンの細かな泡の輝きを眺めながら



 「…私も、手配書に似顔絵をかかれたら、ああなるのだな?」

 「ぶっ!!」



吹き出したのはウソップばかりではない。

ナミも

フランキーもブルックも吹き出した。



 「…フフフ…。」

 「あっはっはっは!!そだな!!」



ルフィも大爆笑した。

笑っていないのはサンジだけだ。

歯噛みしながら、向かい側に座ったゾロの、わずかに覗いた白い歯を睨みつける。

明らかに小馬鹿にしたような笑み。

そして、彼女の後ろに控えた執事も、居並ぶメイドやギャルソンたちも、必死に笑いをこらえて肩を震わせている。



あの似顔絵が、どれだけ世界で笑いをふりまいているのか、考えただけで癪に障る。



足が届いたら、思いっきり蹴り飛ばしてやるのに!!



テーブルがでかすぎて、さすがのサンジの脚も届かない。



 「あ――!!腹減った!!もう、食っていいか!!?」

 「ああ、すまぬ。……5日間、ゆるりと過ごすがよい。」

 「ありがとう!ブリちゃん!!」

 「…できればヒルドと呼んでくれ…。」

 「ありがとう、ヒルドさん!」

 「いっただっきまぁ〜〜〜〜〜〜す!!」



この後の食堂の様を、ここで語る必要はない。











 「……2人で一部屋…で、なんでてめェと相部屋だ?」



 「問題ねェだろ?」



夕食後、案内された部屋に入るなり、刀を降ろしてずかずかと寝室へ進み、

ひとつのそれで3人は眠れるのじゃないかという2つのベッドの片方に、ゾロはごろんと横になった。

日当たりの好い南向きの部屋。

立派な客室だ。

2部屋続きで一間の贅沢さ。

寝室の奥には風呂もある。

その寝室のドアにもたれかかり、煙草に火をつけてサンジは



 「…あらかじめ言っとくが…ここにいる間はヤんねェからな…。」

 「………。」

 「………。」

 「……なんで?」

 「なんだよ!?今の間!!」

 「…続きは上陸後じゃねェのか?」

 「あのな…!」

 「何を気にしてる?」

 「!!」



鋭いツッコミに、サンジは一瞬押し黙り



 「……てめェも、気にしてんじゃねェのか…?」

 「何をだ?」

 「…同じ顔で、レディの体だ。」



瞬間



力任せに引っ張られ、ベッドの上に叩きつけられる。

一瞬の鈍い痛みに固く目を閉じ、次に見開いた時、怒りに満ちたゾロの目が目の前にあった。



思わず



 「……ごめん……。」



 「………。」



顔が、さらに近づく。

軽く重なった唇が熱を帯び、首筋を滑り降りてくる。

熱く、深い息をつき、だがサンジは身じろいで



 「……しねぇっつったろ……!」

 「…こんなベッドに横になって、その気にならねェ方がバカだろ?」

 「…やだ…っ…。」

 「続きは上陸後、てめェが自分で言ったんだ。約束は守れ。」

 「……やだ……って……。」

 「………。」

 「……んっ……。」

 「………。」

 「……ゾロ……っ……。」



シャツのボタンを外し、両手を左右の胸に滑らせる。



 「…ふ…ぁ…っ…!」

 「……ヤダっつって、その声か?」

 「………。」



諦めたように、サンジは大きく息を吐いた。

小さい声で、「クソ」と悪態をつくのが聞こえた。

サンジの全身から力が抜ける。

弛緩した体を抱きしめて、固い手で全身を探りながら口付け、舌を絡め、



 「――――サン…。」



名を呼ぼうと



 「サ―――ン―――ジ――――っっ!!!」



ドンドンドンドン!!

と、けたたましい音と共に、サンジを呼ぶ声が響き渡った。

常日頃、よく聞いているあの声。



 「サンジ―!!サンジ!サンジ!サーン―ジ―!!ついでにゾロォ!!起きろォ!!」



 「ついでかよ。」



コメカミに青いものを浮かべてゾロは吐き捨てた。

まだ、蕩けた様な眼を潤ませながら、サンジは苦笑いする。



 「なんだァ!?何の用だ!ルフィ!!?」



ゾロの、キレかかった問いかけに、ルフィの声が答える。



 「桜!!外!!桜がすげェんだ!!見に来いよ!!」

 「…明日でいい!!」

 「明日じゃだめだ!!今!!今じゃなきゃ!!」

 「なんで今だァ!!?」

 「今なんだよー!!みんな行ってるぞー!!来いって!!見なきゃ後悔するぞー!!」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」



ドアの外から「ヤべェって!やめとけ!!」と叫ぶウソップの声。

だがルフィはお構いなしだ。



 「……行こう、ゾロ。」



サンジの言葉にゾロはうなずく。

だが



 「…先、行ってくれ…。」

 「………。」



歯噛みしながら、ゾロは枕に顔を埋めた。











 「あ!サンジが来た!!」

 「早く!早くいらっしゃいよ!サンジくん!!」



桜の木があるという東の庭。

夜も更けたというのに、皆集まっている。



 「ほら、サンジ!すごいんだ!」



チョッパーが興奮した様子で指差した。



確かに、見事な1本の桜の巨木。

今を盛りに咲く花。

そして



 「うおっ!?」



サンジも思わず声を挙げた。



 「な!?スゲェだろ!?」



ルフィが言った。



夜空に白く映える桜花。

その華の間を、小さな光が乱舞している。



 「…ホタル…?まさか…春だろ!?」



サンジが言った時



 「……ナノハナホタル……春に飛ぶのだ。」



ブリュンヒルド。

その後ろに、白髪の執事。

その執事が深々と頭を下げる。



 「…良いタイミングだったな。この光景は、年に一度、ナノハナホタルが羽化する晩にしか見られない。」

 「へええええええ!!」

 「なんで、ナノハナホタルっていうんだ?」



チョッパーの問いにブルックが



 「菜の花の季節に飛ぶからでしょうか?」



と、ブリュンヒルドが



 「…ナノハナホタルは、卵を、菜の花のような形に一斉に生みつけるのだ。卵嚢ごとに、毎晩順序良く孵化する。」

 「へぇえええ!」

 「近親交配を避けるためだな!すごいな!こんなに小さいのに!!」

 「孵化し、こうして舞うのは1週間ほどの短い期間だ。」



その言葉にルフィはは笑って



 「おれは運がいいんだ!…な!?来てよかったろ?サンジ!」

 「…ああ…。」

 「で?ゾロは?」



ナミが尋ねた。



 「…後から来るってさ…。」



サンジが答えると



 「あら、そう。」



あっさりとナミは言った。



 「花より団子の男だもんねー。」





つーか



すぐには来られないだけ。







すっかりその気になったヤツを、宥めすかすまでは。















 「へェ、すげェな。」



声に、サンジは振り返った。

ルフィが嬉しそうに駆け寄る。



 「な!?すげェよな!?」



チョッパーも



 「綺麗だよな〜〜〜〜。」



フランキーも



 「絶景だな。」



すると



 「ヨホホホホホ!!では!一曲!!」



ブルックが、バイオリンをつがえて弾き始める。



群青の空を貫く桜樹。

風に舞う花弁。



その間を舞い踊る淡い光。



流れる美しい小夜曲。



サンジは煙草の火を消した。

そして



 「ナミさん、踊っていただけますか?」



優雅に手を差し出す。

きょとんとして、だがナミは笑い



 「ありがとう。でも、丁重にお断りするわ。」

 「おや、残念。」

 「あちらを誘ったら?」

 「…イヤです。」

 「そっちじゃなくて、あ・ち・ら。」



ナミが目で示したのは



 「………。」



サンジは小さく笑い、ブリュンヒルドの前に立った。

そして



 「踊っていただけますか?レディ?」



サンジの目を見て、ブリュンヒルドは少し考えるそぶりを見せた。



 「…是非…。」



サンジの微笑みに、ブリュンヒルドはうなずく。



 「……喜んで。」



差し出される白い指を取り、エスコートされて庭の東屋へゆっくりと進む。

丁寧に、型どおりの礼を交わして踊り始める。



 「…見事な礼だ…海賊が…こんなものをどこで覚えた?」

 「…これでも、高級レストランで副料理長をしていました。」

 「…なるほど…。」

 「お上手です、レディ。それに…軍服よりドレスの方がよく似合う。」

 「…褒めても何も出んぞ…。」

 「……失礼。」



食事の時のままの黒いドレス姿のブリュンヒルドと、黒いスーツ姿のサンジ。

同じ色の髪、同じ色の瞳、同じ――顔。



散る桜



舞う蛍



途切れる事のない華麗なステップ。



 「……絵になるなァ〜〜〜〜…てか、絵にしてェ〜〜〜〜…。」



ウソップが感心したようにつぶやいた。



 「ええ、素敵ね。」



ロビンも微笑む。



 「ヨホホホホ、音楽家冥利に尽きます。」



と、ルフィが



 「ゾロ!踊ろうぜ!」

 「なんでおれが!?」

 「サンジ取られて寂しそうだから!」

 「寂しくねェよ!!」

 「いーから、踊ろうぜ!ハイ!1,2,3!1,2,3!」

 「やーめーろー!!」

 「あー、やっぱりあたしも躍りたくなっちゃった!……って、誘いなさいよ!!」

 「おおおおおれかァ!?」



ナミの鉄拳を受けて、ウソップが目を白黒させる。



 「おれも、踊りてェな〜〜。」

 「あら、じゃ、私といかが?」



チョッパーの手を取って、ロビンが踊りの輪の中に入る。



 「後で替わろうな!フランキー!」



チョッパーが振り返って言うと、フランキーは困ったように笑った。



 「上品なダンスは性に合わねェ!お前ェに譲るぜ、トナカイ!!」



桜の下の舞踏会。



ブルックも何曲弾いたのか、気がついた時、空が白々と明るくなっていた。





















その日の朝食の後、ルフィは部屋へ戻ろうとするブリュンヒルドを捕まえて



 「なァ、ブリちゃん!!街へ行っていいか!?」



ルフィの言葉に、執事が困った顔をした。

ブリュンヒルドも、あの眉を寄せる。



 「…元気な船長だな。」

 「おう!おれは元気だ!」



ふと浮かんだ笑顔を、次の瞬間には厳しいものにして



 「…ダメだ。」

 「え〜〜!?なんで!?」

 「人の話を聞いていないのか?海賊が、街の中をうろつくなど許さぬ。」

 「なにもしねェって!」

 「…島民に、無用の不安を与えたくない。」

 「だったら!お前も一緒に行こうぜ!」

 「なんだと…?」



ルフィは少しも悪びれず



 「お前が一緒なら、みんな怖くねェだろ?な?一緒に行こう!」

 「………。」

 「なァ!いいだろ〜〜〜?」

 「………わかった。」



主人の答えに、執事は驚いて



 「お嬢様…よろしいのですか?」

 「……許さなくても、聞き入れはしないだろう?」



その言葉に、ルフィは「しししっ!」と笑った。



 「それならば、この者の言う通りだ。私が共にいれば不安はあるまい。行こう。」

 「……左様でございますか……。」

 「…留守は頼む。」

 「かしこまりました。」

 「やったァ!!じゃ、行こうぜ!ブリちゃん!!」

 「出来ればヒルドと…。」

 「ん!わかった!ブリちゃん!!」

 「………。」



ブリュンヒルドが支度を整え、ルフィに着いてホールへ向かうと、ホールのソファに腰かけていたサンジが立ち上がり、驚いた顔で



 「…ルフィ…どういうこった?」

 「おう!ブリちゃんと行くんだ!」

 「聞いてねェぞ!!」

 「言ってねェもん。」

 「お前、許しをもらいに行くって言ったじゃねェか!?」

 「だから、一緒に行けば許してくれるだろーって思ってさ!よぉ〜〜〜し!それじゃ出発〜〜〜〜!!」

 「おい!ルフィ!!」



さっさと歩いていくルフィを、サンジも慌てて追いかけた。

あの舞踏会の後、部屋に戻りながらひとりごとの様に言ったことが発端だった。



「出来るなら、自分で食材の調達をしに行きてェな。」



確かに言った。

だが、まさかこの展開は…。



何企んでやがる、ルフィ。

いや、天然か…。



ルフィとサンジと、ブリュンヒルドと街を行く。



商店のある繁華街へ出ると、店々の店主はブリュンヒルドの姿を見た途端に相好を崩し、深々と頭を下げる。

そして、3億ベリーの賞金首と、



 「………。」



サンジの顔を見て、複雑な笑みを浮かべる。



 (…一体、何だってんだ…。)



彼女と、自分が瓜二つなのは十分に理解している。



そして、彼女がとんでもなく美人なのもわかる。



なのに、いつもの様にときめかない。



 (…さすがに…てめェと同じ顔にはな…。)



世の中には、同じ顔の人間が3人はいる。



これは本当に、偶然なんだろうか…。



 「おーい、サンジ!行くぞー!!」



気づくと、ルフィとブリュンヒルドは、もう3件も先の店の前を歩いていた。



 「…ああ…。」



八百屋のおかみさんと、不意に目が合う。



黙って、笑って、どこか泣きそうな目で頭を下げた。



頭を下げて、浮かんだ涙をタオルで拭いた。



 「………。」











 「……ルフィのヤツ、大丈夫かなぁ……あのお嬢様、そんなにおれ達に好意的じゃねェ様な気がするけどよ……。」



時計の針は午前10時。

与えられた客室の一角にあるサロンで、ルフィとサンジを除く麦わら海賊団は、

広いサロンのあちこちに陣取って、穏やかに見える退屈な時間をやり過ごしている。



 「大丈夫じゃないかしら?…ルフィが“ブリちゃん”なんて呼んでるもの。」



丁度いい時間が出来たとばかりに、ナミは海図を描いている。

その海図から目を離さず、一気に直線を引いた後にナミは事も無げに言った。

ウソップは目を丸くして



 「なんだよ、そりゃ?」



ナミはようやく顔を上げ、気分を出す為にかけているメガネをずらして言う。



 「あら、気づいてない?ルフィね、こいつは大丈夫!って相手は、初対面から名前か、ニックネームに“ちゃん”づけで呼ぶのよ。

 逆に、“敵だ”って相手は、初めから仇名で呼び捨て。」

 「へ?」

 「ホラ、バギーなら“赤っ鼻!”でしょ?クロコダイルは“ワニ!”だったけど、空の騎士なら“おっさん!”だったでしょ?

 あたしとゾロは、初めっから名前で呼んでたわ。ウソップも、サンジくんも。」

 「おれは、“トナカイ!”だったぞ。」



ちょっと拗ねてチョッパー。



 「あははは!そうね!そうだった!」

 「ちゃんと当てはまってるのかよ?その法則。」



フランキーが笑いながら言った。

ロビンも笑って言う。



 「初めは殺し合いだったそうね。あなた達。」

 「おうよ!あん時は、マジでブチ切れてたからなァ!」

 「ヨホホ、そうだったんですか!?」



と、ブリュンヒルドの執事がやってきた。

銀髪の、壮年の執事の名は、予想にたがわず



 「あら、執事さん。」



ロビンが言うと、執事は笑い



 「どうぞ、セバスチャンとお呼びください。」



初めてその名を聞いた時、ルフィは彼の名を「セバスちゃん」だと思ったらしい。

そしてその認識は改まらないらしく、どーも微妙にアクセントが違う。



 「ごちそうさま!美味しいお茶だったわ!」



ナミが言った。

セバスちゃん、いやセバスチャンは嬉しそうに笑った。



 「ありがとうございます。お褒めいただきまして、光栄でございます。」



茶器を片づけ、メイドを下がらせ、ふと、彼は沈んだ顔になった。

その表情の変化を、すぐ側のソファで横になっていたゾロは見逃さなかった。

ゾロの視線に気づき、セバスチャンははっと息を飲んだが



 「……あの……。」

 「…なんだ?」



明らかに、セバスチャンはゾロに話しかけた。

仲間の視線が集中する。



 「…あの方の…ご両親は…?」

 「…コックか…?」



答えは無かった。

無言の肯定。



 「…サンジの親…いねェよ。」



ウソップが答えた。

セバスチャンは、はっと目を見開く。



 「…いない…?では…あの方の年齢は?どこで…お育ちになられたのでしょうか?」



今度はナミが



 「…東の海(イーストブルー)の…海上レストランよ。年齢は19…。」

 「19歳!?」



冷静な執事の顔が青ざめた。



 「東の海…どのようにして…ご両親と別れたのかは…!?」

 「…えと…小せェ頃にはもう、客船で雑用してたって聞いたよな…。その後、嵐で沈んだ船から助けられて

 …その助けてくれた海賊に育てられて…一緒にレストランやったんだって…。」

 「ウソップ、ずいぶん話を端折ってるわよ。」

 「大体そんな感じだろ!?嘘は言ってねェ!!」



セバスチャンは口元を覆い



 「…おお…。」



と、絶句し肩を震わせた。

そしてゾロを見て



 「…皆さまに…お見せしたいものがございます…。」

 「……?」













一方、サンジとルフィとブリュンヒルド。



何軒かの店を回り、油や酒、グロサリー品を求めて後日受け取りを約束し、今度は日保ちしない物の下見をしようと魚屋に入った。



すると、店の奥に座っていた老婆がブリュンヒルドを見て



 「……奥方様…まぁまぁ…こんな場所まで……買い物など、端のものにお任せなされ…ジークリンデ様。」





ジークリンデ?





サンジが、その名にピクリと眉を動かした。

ルフィも、不思議そうな顔で老婆を見る。

だが、片手に握った蒸しホタテを、こっそり口に運ぶのは忘れない。

ブリュンヒルドは、小さく息をつき



 「……マリア、私はブリュンヒルドだ。」

 「……ああ、ブリュンヒルド様…これはこれは失礼をいたしました…

 …ほほ…あんまり似ておいでなので間違えてしまいましたわ……母上様によく似てますます美しゅうおなりで。

 ご自慢でございましょう、ジークリンデ様。」



皺を深く顔に刻んだ老婆は、今度はサンジに向かって言った。



 「…う…。」

 「…すまぬ…昔うちで働いていたのだが…近頃少々、物忘れがひどいのだ。」



ルフィが、ホタテを呑みこんで



 「ジークリンデって誰だ?」

 「………。」



マリアという老婆が、嬉しそうにサンジに言う。



 「ジークリンデ様、お体大事になさって、立派な後継ぎをお産みくださいませよ?」

 「……え……?」



ブリュンヒルドは、抑揚のない声で答えた。



 「……私の母だ。」

 「………。」













 「…え…!!?」

 「うわ…!!」

 「ええええ!?」

 「…これは…。」

 「…あわわわ…。」

 「ヨホホホホ!!?」

 「………。」



館の奥室。

広く、落ち着いた雰囲気の書斎。

ブリュンヒルドの、5年前に亡くなった父親の部屋。

その壁に掲げられた、大きな絵の前で、麦わらの一味は言葉を失っていた。



1枚の肖像画。



豪奢な椅子に腰かけた、白いドレスの貴婦人の姿。

手に、レースのハンカチを持ち、その肘を軽くひじ掛けに置いている。

貴婦人の傍らに、幼い少女。

柔らかい膝に、甘えるようにもたれかかっている。

貴婦人の優しい手が、少女の肩に置かれていた。

少女は、当時8歳のブリュンヒルドだという。

ならば、この貴婦人は―――。



 「…ブリュンヒルド様の御母上、ジークリンデ様でございます…。」



セバスチャンが言った。



 「……サンジくん……。」



ナミが、嘆息するように言った。

ブリュンヒルドよりも、この絵の婦人の方がサンジに似ている。

ロビンが、目を赤くしたセバスチャンに尋ねる。



 「……この方は、今は……?」

 「………。」

 「…死んだのか…?」



ウソップが言うと



 「…わかりません…。」

 「わからねェ?」



フランキーが眉を寄せた。

すると



 「……ジークリンデ様は…20年前に行方不明になられたのです……。」

 「行方不明って……まさか…家出とか……?」

 「いいえ…!!」



セバスチャンは首を激しく振り、血を吐くような声で答える。



 「……20年前、この島を襲った海賊に……連れ去られてしまったのです……!!」

 「!!」



皆の眼が見開かれる。



 「……20年前か……。」



ゾロが、つぶやくように言った。



セバスチャンは、言葉を発したゾロへ



 「…左様でございます…!!奥様が攫われた時…奥様は…身籠っておいででした!!」

 「え!?」

 「いぃっ!?」

 「…あの時のお腹のお子様が…生まれ…育っていれば…!」



ナミが、震える声でつなげた。



 「……19歳…サンジくんと同じ歳ね……。」



ゾロは、眉ひとつ動かさないまま、壁の絵をもう一度見上げた。



サンジと同じ顔で、その女性は優しく微笑んでいる。







(2010/2/12)



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