BEFORE




 「あ〜〜〜面白かった!!結構楽しい街だったぞ!」



館に戻ってきたルフィが、途中で買ったトウモロコシの最後の一口を飲みこんで言った。

チョッパーが少し頬を膨らまして言う。



 「街へ行くなら、おれも行きたかったのに!ずるいぞ!」

 「あははは!ごめんごめん!…おんなじ顔連れて歩くっておもしろかった〜!

 街のみんなが、サンジ見てびっくりするんだ!」



サンジが苦虫をつぶしたような顔をして



 「…ったく、人をおもちゃにしやがって…。」

 「…あはは…困った船長よね…。」



どこか沈んだナミの声。



 「…どうしたの…?ナミさん?」

 「ん!?ううん!なんでもないわよ…!」

 「………。」



ふいにウソップを見る。

だがウソップも、慌てて眼を反らした。



 「………。」















 「……話したのか!?」

 「……はい……。」



ブリュンヒルドの私室。

平服に着替えた彼女に、執事セバスチャンは昼間の事を告げた。



 「余計な事を…お前らしくもない!!」

 「差し出がましい事とは存じております…!ですが…ですが…あの方が…もし御母上様の…!!」

 「母は死んだ!!」

 「!!」



絶叫の様な一喝。



 「母は死んだ!私は父とは違う!!愚かな夢など見ない!!」

 「……お嬢様……!」

 「二度とその話はするな!!」



叫ぶように言い捨てて、ブリュンヒルドはセバスチャンに下がるように命じた。

苦渋に彩られた表情を伏せて、忠実な執事は深々と頭を下げて出ていった。



 「………。」



20年前。



8歳のブリュンヒルドは幸福だった。

優しい父と母の愛情を受けて、毎日を楽しく暮らしていた。

春には、弟か妹が生まれる。

その日が来るのが嬉しくて、楽しみで、毎日母のお腹に頬を寄せていた。



だが



その幸せは、たった一夜で崩れ去った。



島を襲った荒くれ者の海賊。

当時、悪名を轟かせていた、ならず者達。



暴れ、火を放ち、奪い、殺し―――。



頼みの海軍は、その海賊団の名を聞くや怖じ気づき、助けに来てはくれなかった。

男も女も、老人も子供も大勢殺され、島が全滅してしまうかと思った。

だが、その海賊の頭目は、乗っ取ったこの館の、父の席にふんぞり返って座り、こう言ったのだ。



 その麗しい奥方をおれに寄越せ。そうすれば、島から出て行ってやる。



父は初め抗った。



だが、百戦錬磨の海賊の敵ではなかった。

父は斬られ、命こそ助かったものの不具の身となり、母は、父と私と、島民の命と引き換えに、我が身を差し出した。



 「………。」



ブリュンヒルドは、力尽きたように床に座り込み、ソファに手をつき顔を覆った。



今でも、はっきりと思い出せる。



毅然と顔を上げて、海賊船に自らの脚で乗りこんでいった母の姿を。

















 「……これは……!?」

 「………。」



昼間、セバスチャンが麦わらの一味に見せた肖像画の前に、ゾロとサンジはいた。



帰ってきた自分を見る仲間の目が奇妙な事に、すぐにサンジは気づいた。そしてゾロに尋ねた。

ゾロの答えがこれだった。



ゾロは、呆然と絵を見上げるサンジに、セバスチャンが語った20年前の出来事を全て話した。

言葉を失ったサンジへ



 「どうだ?」

 「…どうって…。」

 「…おれは、あの女とお前が、この絵の女の子供だと言われても納得できるぜ。」

 「……!!」



ようやく絵の貴婦人から目を反らし、サンジはうつむく。



 「……あの執事が言うには…あの女は、海賊が他人の子を身籠った女を大事にして、

 その子供を産ませてやったとは思えない。そう言って突っぱねたそうだ。」

 「………。」



囁くような小さな声で、サンジは言う。



 「……証拠はねェ。」

 「そうだな。」

 「…てめ…あっさり言いやがって…。この流れで、そのあしらい方は何だよ…!?」

 「…可能性の問題だ…。」



ゾロの声に、感情の乱れは微塵もない。

そして、その冷たいまでに冴えた声でゾロは言葉を続けた。



 「……もし、そうだとしたら……。」

 「………。」



少し、沈黙があった。



 「てめェはどうする?」



その問いに、サンジも少し沈黙した。

が



 「何も変わらねェ。」

 「………。」



サンジの声は、落ち着いている。



 「おれは旅を続ける。ルフィと、みんなと…お前と…オールブルーへ行くだけだ…!」



 「…そうだ。」



静かに歩み寄り、ゾロは、背中からサンジを抱きしめた。

その胸に背中を預けて、サンジは胸に回った手に手を重ねる。

耳元で、ゾロが言う。



 「…惑う必要なんかねェ…。」

 「………。」

 「……いきなり現れた奴にお前をくれてやるほど、おれもルフィもお人好しじゃねェ。」

 「………。」

 「………。」

 「…そうだ…いつもと同じだ…。」



サンジが低い声で言った。



 「…記録(ログ)が貯まったら…また偉大なる航路へ出航する…それだけだ…。」

 「………。」

 「…記録指針(ログポース)が示した島のひとつにすぎねェ…おれの行く先はまだこの先にある。」

 「……そうだ。」



首をめぐらせ、サンジは薄く唇を開いた。

ゾロも、静かに顔を寄せる。



唇が、わずかに触れた時



 「……!!?」



同時に、顔を上げた。



 「…サイレン…?」

 「………。」



サイレンだ。

確かに鳴っている。



と、慌ただしい足音が響き渡った。

それと同時に、館の使用人達の声が悲鳴の様に



 「海賊だ―!!」

 「海賊が港に!!」

 「船を出せ!!」

 「警備隊に招集をかけろ!!」



ゾロとサンジが肖像画の部屋を飛び出すと、私室から飛び出してきたブリュンヒルドと出くわした。

すでに軍装を整え、足早に駆けてくる。



 「ヒルドさん!!?」

 「お前達はここにおれ!!」

 「…海賊って…!大丈夫なのか!?」



階下から駆けあがってきたのはウソップとフランキー。

ルフィとナミ、ロビンとブルック、チョッパーも駆けつけて来た。



 「この島には警備隊がある。お前達には関わりない事だ!」



フランキーが叫ぶ。



 「おいおい!港にはサニー号がいるんだ!!戦闘に巻き込まれちゃたまんねェよ!!」



ナミも



 「お願い!!封印を外す事を許して!!あたし達も戦うわ!!」

 「手出しは無用だ!!お前達の船はドッグの中だ、案ずる必要はない!!」



ルフィが叫ぶ。



 「ケンカさせてくれよー!!おれ達は強ェぞぉ!?」

 「…いらぬ!!」



この頑固さ。



バラティエ時代のサンジだ。



ルフィはそう思ったが、口にはしない。



その時だ。



 「ゾロ!?」



ゾロが、3本の刀の封印を破った。



 「…貴様…!!」

 「…海賊なんでな。約束なんてもんは、破る為にある様なもんだ。…船長、指示を出せ。」

 「……よし!行くぞ!野郎ども!!」

 「お―――っ!!」

 「貴様ら…勝手な真似を…!!」



ゾロが、再び言う。



 「…お前ェの言う事なんざ誰が聞くか。……おれ達に命令できるのは、おれ達の船長だけだ。

 その船長が行くと言った。てめェに、勝手な真似と言われる筋合いはねェ。」

 「……何だと!!?」



ブリュンヒルドの叫びに、サンジが答える。



 「…失礼、レディ。」

 「!!」

 「海賊ですので。」



華麗に、騎士の様な挨拶をして微笑むサンジに、ブリュンヒルドは押し黙った。

レディの前を辞する礼を尽くして、サンジもまたルフィの後を追う。



 「………。」



一斉に走り出す麦わら海賊団。

その中で、ナミがゾロに



 「…約束は破る為にあるの?初めて聞いたわ。あんたからは。」

 「ほっとけ。」

 「…悪いヤツね〜〜〜〜、あんた。」

 「うるせェ。」



「ヨホホ」と、ブルックが笑った。







(2010/2/18)



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